スペイン巡礼

又 祈る

又 祈る

サンチャゴ、カテドラル教会に今います。
 巡礼の終わりと新しい生活の始まりの報告です。これまでの意図的な罪、気づかないで犯している罪のすべてを、今、懺悔します。自然にそのような気持ちにしてくれる神の部屋と言っていいと思います。神の部屋には、巡礼を終えた人たちでいっぱいです。昔は、旅の疲労と汗土の臭いでむせかえっていたのでしょうが、今日は、そんなこともなく、微かに香水の匂いも漂います。ミサを待つ人たち、どんどん入ってくるミサ拝領の人たちでごった返しですが、時々、沈黙を促すアナウンスがあって、祈りの人を助けます。巡礼で知り合った友の顔も見えますが、今は、静かに見守るばかりです。カトリックの修道生活は、禅宗の僧堂生活に似て、かって、エキュメニカル(宗教一致)運動盛んなる頃、共同生活体験を通じて、宗教一致体験を試みたこともありましたが、今はどうなっているのでしょうか?
 禅宗の荘厳は、シンプルを好みますが、カソリックのそれは大体に於いてどの教会も派手と言うか、重い感じです。真言、天台の荘厳に近いようです。ミサ15分前です。祈る心の準備をします。
 スペイン語のミサですから、内容はともかく、まず荘厳です。圧倒的な響きのパイプオルガンが教会中を走ります。何処かの修道会シスターがミサ曲を先唱します。聖体拝領終わると、いよいよ、大香炉のお出まし。
 総勢6人ぐらいが、ピタリと息を合わせて、ちょとした小船の停泊ロープで吊るした大香炉を振りかざします。教会のドームの屋根に突き刺されとばかりの大飛行です。クライマックスは、あっと言う間に終焉。隣の老巡礼者は、抑え抑えの感涙状態。私も何か泣く理由をと模索の内にミサは終わりました。それなりの感動があったことは確かです。大香炉が、ピタリと止まると、一斉の大拍手。私にはちょいと馴染みませんが、それが習慣となったのでしょう。大司教様も破顔の内に退場です。
 保寧寺では、お亡くなりになったお方が、又有りました。
 スペイン サンチャゴ、巡礼成就の地 カテドラル教会、ミサ拝領と共に、亡きお方の為に、大香炉の聖燻が届きますよう、切に祈ります。

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