チベット巡礼

文化革命 チベッット巡礼

文化革命 チベッット巡礼

チベットの最初の文化発祥の地、ツエタンの城跡や、各地の寺また寺を拝観。 コンディションの悪さと最初から関心なし、薄しの方なども在って、訪問寺を割愛したのだが、それでも多いと言う感想はいがめない。
御本尊様が有って、脇仏が数体と言う日本様式からはほど遠く、此処ラマ寺院は御本尊あちこち、脇仏数千体、その寺の因縁のダライ・ラマ、パンチョン・ラマ、王様、その妃、大臣と、この国を興すに効あった大昔からの聖人方がまあ、言っては悪いが、ぐちゃぐちゃに祀ってあって、隙間という隙間に小札がうずくまっている。あらゆる諸聖人に供養しなければならないため、不本義ながら、巡拝者のお布施の額は最小単位となる。一元は五、六円か。見ていると夫々の巡拜者は、手にいっぱいの札束を一枚一枚ばら撒くようにそのようなところにまいてゆくのである。祈りの思いは非常に深くその姿はとても敬虔で、日本の神社仏閣で今だに一円アルミニウムのポイ捨てみたいで、ついででも有ったら、まあ、宜しくたのんまっせ程度の、意味の無いお参り模様とは次元が違うかな?と思いました。
面白いのは、うずたかく積るお金を、部署を預かる坊様が終日集めています。小札を用意してなかったり、足らなくなると、この坊様が、両替をしてくれます。坊様がいなければ、勝手に両替も勿論OKです。外国や元の高額札は、よく見えるところにお飾りされています。微笑ましいですね。建物の外側でも汚ない御仁が何人も座っていて、身の周りを小札だらけにして、どうですか? という風情で目を合わせるものですから、景気のいい物乞いだなあと、合点していたのですが、何のなんの、両替屋でした。坊さんの両替は兎も角、どの程度の、レイトでやっているのだろうか、いまでも気になるところです。
お寺で、我がガイドさんの説明は、この仏様はこれこれの宝石で、この表装は何千個の真珠とルビーと、このダライ・ラマ像は何十カラットのダイヤモンドとトルコ石と、あれやこれや、いかに多くの宝石で造られているかの説明に終始します。そういう訳でありますから、お分かりでしょう? そう、盗難と破壊の連続です。この国も、御多分に洩れず、いずれの寺々もイギリスの洗礼に泣かされています。昨今の事は知りませんが、世界を股にかけたこそ泥根性は誠に見上げたものがあります。然し乍らこの程度ならば、大なり小なりいずれの国々も蒙った被害でありましょう。驚くべきは、やっぱり文化大革命と称する文化破壊大革命でした。何と多くの文化が意味もなくなんでこんなに消滅したのでしょう? この狂気の破壊エネルギーは今日の中国の存在の必然を説明し得るのでしょうか? 反省の意味を込めて、修復にいち早く着工していますが、その目的は、何かずれているように思われます。
(目くらまし)そんな匂いがします。皆さんのご意見も伺いたい。しかし、こんな悲しくて、説明の仕様もない悪魔的所業にも救いは在りました。諸外国にまでこの被害が及ばなかったということに感謝ししなければならないと、文化大革命後、何度も訪中するにつけ、今回はまたチベットの旅の良縁を得るにつけても、その破壊の凄まじさと無慈悲さに辟易とし、見聞きすればする程、深く深くそれを思います。

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