和尚のつぶやき

チョットインド思考

と、思って支度をしたのですが、なんだかフラフラします。5歩の階段がしんどい。嗚呼ー、やっぱり高山病のはしりか?山から戻ってのんびりが良かったかと思ってみたり、情けなくなった我が身を失望したり、来年のスペイン巡礼の前途を思案中。
昨夜はあんなに寝たはずなのに。眠い。
自然の要求にしたがってちょっと寝ます。

世界の中でインドが最もインドらしい所、ああ−インドだ、と思う存在に、サドウが有ります。ヒンズー教修行者です。私がインドにはまった30年前には、デリーの街中にもいて修行という形の存在が成り立っている様でした。インドの南の方は行ったことがないので事情は分かりません。街中でその存在が圧倒的であるのは、なんといってもベナレスです。生死の極まる町、インドの人たちの信仰確認の町でも有ります。サドウの生きようにはとても興味がそそられます。インドの昨今の経済発展に伴ってサドウの存在そのものにインドでも疑問視されている。というテーマのドキュメントを見たことがあります。もう随分前のことです。インドの資本主義化とサドウのそれとは相反すると、決め付けたようなドキュメントでした。インド独自の精神性の揺らぎです。私たちは一介の観光客です。実際に彼らと出会う機会の多くは、物貰いかしら?と錯覚してしまうサドウか、覚醒に近いのかと思われるパイプをぷかぷかやっているサドウとの出会いです。今も宿の前を身体中真っ白に塗りたくったサドウが通りました。目が異様です.
ビックリこそしますが、手を合わす気にはなりません。そこで一緒に住む住民には彼らはどのように映っているのでしょうか?
一般的にはサドウは定住地を持たず行の出来る地を求めての遊業だったのでしょう。お釈迦様在住の頃の出家仏教徒もそうだったはずです。出家修行者とどの程度風態の違いがあったのか私には分かりませんが、確かにサドウのその風態は特殊に映ります。インドの精神文化の中で彼らの存在理由の汚される恐れのありません様にと、思っています。私は深い意味も無く今、そう思っています。

追伸

目的の岩祠まで行く体力が無く、途中の程よい岩の上で暫く坐った。木陰があって涼しいより寒いぐらいだった。何軒かのヨガアシュラムがあったが人はいなかった。一軒にのアシュラムにホワイトの行者がいた。ヨーロッパ人らしくドウテがサッパリしていた。下って行くと女性のヨギと出会った。二十代後半かと思われるスイス系の女性だった。すっかりヨギが身に付いている様子で、ぶら下げて居る水飲み缶がインド人サドウと引けを取らないぐらいに決まっている。くちゃくちゃとキャンディでも含みまながらのすれ違い。
10月いっぱいでガンゴトリは閉山となる。参拝相手の商売も同時にに閉店。どこに戻っていくのでしょうか?ガンジス川の水もすっかり冷たいので沐浴の巡礼者も悲鳴付き。
目の前の河原では石をこじ開けながら、ビニール土嚢に砂を詰めている人達。日本では今では殆どの川砂採取は禁じられている。ブルドウザーが入ってきて川の形まで変えてしまう日本と違って、一人の人間と、一本のスコップと、一帯の袋。蓋もせずロープ一本でバランスよく運ぶ。何キロかと尋ねたら、50キロと言った。かって若い頃、40キロ担いで冬山に入ったことがあった。あんな力は一体どこに行ってしまったのか。日も陰ってきたので帰ります。ゴージュバーサーに行った娘たちは目的のゴームクに行って、ゴージュバーサーのテントの戻っていることでしょう。

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