和尚のつぶやき

勘違い

6月11日
いよいよ、ブータンと思いきや?
同行の御仁が何やらパソコンを睨んでいる。ブータン全土はべったり低気圧が張り出していて動かない気配。ブータン滞在中は殆ど雨で、しかも国境山越えの自動車はかなりのリスクを伴うという総合判断から、土壇場となって変更を余儀なくされた。

私たちは、インド国境を陸路山越えのブータン、テインプーまでの自動車旅行のつもりであった。一本しか無いこの山道は限りなく危ない。この危険さはインドヒマラヤ地域ですでに経験済みだけど。ガンジス川上流、ヨガの街、リシュケシユ遥上流ガンゴウトリに行く途中、昨夜来の豪雨で山からでっかい岩の塊が落っこちて、人さえ通れぬとうせんぼ。三年後に同じ所に行ったれば、なんとなんとその巨大石はそのままであった。危険極まりない地域であると言うことを言わんとしております。おかげで、ガンゴウトリまでそこから2日も歩いていくはめとなりました。それはそれで後になってみれば、楽しい旅でもあったのですが!
もし今回、そのような事故に遭遇すればえらいことです。行くに行けぬ、帰るに帰れぬという憂き目となります。その上快適にブータンに滞在出来ない他事情も重なって、目的地はインドヒマラヤ山脈の麓、ダラムサラと成りました。どこかで聞いたな、はてな?と思っていたら、そうですそこは、チベット僧、ダライ・ラマがいる亡命チベットでした。今は、成田空港搭乗飛行機、インドエアーライン、AI 301の中で飛行を待っています。どこでどう変わるか、ちょっと覚悟の今回の旅の様相です。席は空いていて窮屈からちょいと解放されています。成田は雨。

9時間後

デリー空港.飛行機から出た途端、ムーとした湿った空気と温風かと思われる暑い風が入り混じってのしかかる。飛行機の中はガンガン冷房で毛布3枚も被って寒さと戦っていたので此の落差に体がヘロヘロ になりそうでした。40度は超えている様です。この時期、こんなに温度が高いのはちょっと異常と、宿の奥さんも言っておりました
デリーの空港は一掃なって、国際空港に相応しい空港に変わりました。確か七年前か、英連邦会議とスポーツ大会の為、ものすごい突貫工事の真っ最中に出くわしたのを思い出し、隔世の感を感じながら眺めておりますが、細部までは行き届かなく、市内に通じる道路わきは瓦礫の空地のまま据え置かれて、言わずもがなの野外テントが並んで土地の産物が並んでいます、良くなったのかも知れないけれど、いずれの道路も交差点でも、車とバイクと歩行者 の主張合戦は昔のままで、妙な懐かしさに納得しながらのタクシー

もしこの状態をそっくり日本に持ってきたら、五分に一度は何処かで衝突、人身事故の大騒ぎかと思う思われるが、此処、デリーではスリリングはどこまでも続いて然も、何も起こらない。

これもインドの不思議、中国やバンコックでも同じような体験ができます。参考までに。
前回「7年前」夜遅くのデリー入りで、宿に直行したのだけれど、その時の不思議さは今でも覚えている。、車がスイスイ走っていた。長くインドに居ると一体となってしまう街の饐えた匂い、それが無かった。次の朝気付いたのだが、神のお使い、牛を見なかった。

今回気にしながらの車中であったが、果たして神の子、うしは一匹、と行っては失礼か?、お一人(以上)も出会わなかった。理由は簡単。交通渋滞の元凶である事。何処でもクソを垂れ流す。町中が臭い。牛さんの餌をまき散らすため、街の汚れの相乗効果。考えれば当たり前の事だけれど、ここ数年前まで首都デリーや大都市であってもこの宗教的伝統【インドに居る私「牛のこと」たち、神の御使はいかなる場所であっても自由である】は守られていた。小都市や田舎 行けばまだ神の使い、牛さんは追いやられることなく饐えた匂いと一緒に闊歩していることだろう。明日はダラムサラ。牛にあったら、合掌するかも知れません。

合掌はしなかったが牛はいた。
ダラムサラ空港を出て2時間。Birという村までは亨子さんの友人、gurpreet(グルプリー)さんが車で送ってくださる。途中、果たして牛は居ました。道なかを恥じることなく堂々と歩いています。車を上手に避けて通ります。と言うよりも車が牛を避けて走っているといったほうが正しい。

嗚呼!インドに来た。ホッとした気持ちです。そのかわりウンコは踏みます。

以前は沢山いた白い牛、如何にも気品溢れるあの白い牛は、ほとんど見なくなり、言っては悪いが、ただの牛ばかり。ちょっと宗教的情操 が薄まってしまうようで、変に悲しい。この村は今彼「gurprrt」の住んでいるところですが、チベット仏教寺院が沢山あって、若いチベット僧が学びに集まっている。昨夜来、若い沢山のお坊さんに出会うのもそのせいか?

それとこの村は、最近、パラグライダーのメッカとしてインドはおろか世界的にも有名になりつつあるようで、朝から日暮れまで、ヒマラヤ山嶺の風を受けて飛び回っている。私はもうすぐ挑戦する。といってもインストラクターがいて乗せてもらうだけのことだけど

この村のもう一方の山中にチベット仏教寺院があって、修道院にもなっている。

Palping Sherabling Monastic Seatと言います。執務長らしきチベット僧に面会のチャンスを得て何かと質問さして頂いた。現在、740名ぐらいのお坊さまがこのサンガで共同生活していると聞きました。般若心経、大悲呪 回向と瞑想。チベット仏教寺院の御本尊は皆でかい。

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