和尚のつぶやき

夜船閑話の事

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ここ一、二年ぐらい通って座禅をなさっているkさんが最近、ちょっと時間ができると草刈機持参で、お寺の庭の草刈りに来られるようになった。
広くてなかなか手入れが行き届かない状態を見て、助っ人を買って出てくださった。座禅会の時などは、茶礼と言って、さらりとお茶を飲んで解散ということで、さほど個人的なことまでの会話といかないのであるが、この日はゆっくりと話す時間を得た。私は気がつかなかったが、座禅会に来られた当初は、癌であったらしい。
今はいい予後を得て、お寺の手伝いでもという気ななったのかもしれない。共通点は座禅だから、勢い白隠和尚の夜船閑話の話となったら、僕も、「軟酥の法」「内観の法」をやりましたと。
結果的にとても効果があったという実感をうかがわせる話し振りであった。

それともう一つ似たような話が今年の二月ごろか?あったのでご紹介。何の前触れもなく、ひょこりと現れた御人があった。「無ッさん」と親しげに訪れました。小僧時代、神戸の祥龍寺で会ったらしい。彼は神戸大学の般若団と言う坐禅会のメンバーで祥龍寺で座っていたようだ。この方も人生のこれからという矢先、癌を患った。医者から見放されたらしい。

学生時代、禅に関心を持ったものなら誰でも手にする「夜船閑話」を思いだして、誠に真剣に実践したようだ。その純一無雑で真剣そのものの話しぶりからもその実践ぶりが目に見えるようである。
この「内観の法」によって癌からの回復を得たという確信は、彼の人生感を大いに変化させるものであったことは疑いようもなく、楽しげに歓談しての別れであった。
私の父親も忙しい会社勤めの中、神戸の祥福寺と言う寺に坐禅に通っていた。

肺がんで若くして亡くなったが、今思えば、何やら「内観の法」を実践している様子があった。
異常なほどに死と病気に敏感な父であったが、この「内観の法」が父にとってどれほどの効を得たのかは、今となっては分からない。
若くして癌で亡くなったけれど、残ったバカ息子が、曲りなりにも禅宗坊主になって既に父親よりも20年もの長生きである。
この馬鹿坊主も人並みに46歳の時、胃がんを患って、一寸、死と隣り合わせの時も在って、 そういえば、「内観の法」を試みたこともあった。途中で大概寝てしまっていたという態である。
全摘出の憂き目となったが、すこぶる元気である。
白隠和尚、250遠忌の年にこのお二人の体験を披露できるのは因縁めいて嬉しい。

幸い手元に、陸川推雲著「夜船閑話」がある。秋の夜長の楽しみとしましょうか?。

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