和尚のつぶやき

放生池

願書

昔、中国は春秋の時代。国中は戦乱の世、荒れに荒れておりました。国中は、野も山もすっかり木々の緑は失われて、人のこころも枯れきっておりました。これを哀れんだ僧侶達は、せめて寺域には木を植えて緑を護り、自然をもどそうとしたそうです。又、中国でも排仏の憂き目もあって寺域が損なわれることも度々ありました。そういうこともあって、せめて境内地には自然豊な地を護り人々の心の安らぎの場とする。これがお寺の大切な存在目的であったのです。生活地域が自然豊かな空間であること、心の安らぎを提供する場所であること、これこそが、寺が寺であることの証しでもあります。お寺の寺号の上に山号が付いているのはこういう意味もあるのです。因みに、保寧寺は「東安山」という山号です。

又、お寺には「放生池」という池もあります。生きとし生かされている生命の尊さの具現化の一つとして、池を造って、魚を放し、生命の有り難さを認識する場所、これが、放生池の由来です。昔、悪い流行り病がはびこった時、捕らえられた魚類を池に放してやったところ、流行り病が治ったという故事もあります。無益な殺生を禁ずるお寺の池に放つことによって生命の再生となったのでしょう。池に命を放つこと、即ち「放生池」と成りました。保寧寺参道脇の池もそのような意味を併せ持った境内地となることを希望してしております。幸い、近年、境内は良き自然の環境が整って、檀家さんは勿論地域の方々、他県からも訪れます、多くの方が、思いがけないお寺の景観を喜ばれます。自然豊かとは申せませんが、とても安心なさいます。そのような風地を護りたいのです。
1970年代にドイツで始まったビオトープ(Biotop)運動は平成4年、埼玉県でも取り込むことを決めたと聞いております。ビオトープ創生(自然環境創造推進事業)としての手を加えない放生池の保存は、保寧寺境内の保存だけではなく、自然と共存、共栄出来る地域環境型社会の保全に加担出来ると考えます。
この様な意味合いから、この土地が速やかに保寧寺の所有となりまして、末長く地域環境保全の一助との願いから、この希望書を提出いたします。

この放生池の土地は元々はお寺の土地であった様でしたが、買い取ることとなりました。地目が農地の為、、農業従事者でない寺は本来所有が困難です。農地所有者への土地代の授受は終わりましたが、土地所有権はすんなりとはいかず、時間待ちという状態でした。そこで、この願書の登場です。良きご理解を頂きまして、今は、晴れて、保寧寺の所有となりました。この放生池の蓮は実に見事に咲きまして、多くの人が楽しまれました。
こんな経緯で誕生の池です。

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